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4.16:アムロ「ヒトラーめ、ドイツを世界一合理的な国にする気なのか……!?」

1947年 – アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所初代所長ルドルフ・ヘスがアウシュビッツにて絞首刑

彼は1947年2月に手記を書き残している。

その中で最後の締めくくりに「軍人として名誉ある戦死を許された戦友たちが私にはうらやましい。私はそれとは知らず第三帝国の巨大な虐殺機械の一つの歯車にされてしまった。その機械もすでに壊されてエンジンは停止した。だが私はそれと運命を共にせねばならない。世界がそれを望んでいるからだ」「世人は冷然として私の中に血に飢えた獣、残虐なサディスト、大量虐殺者を見ようとするだろう。けだし大衆にとってアウシュヴィッツ司令官はそのような者としてしか想像されないからだ。彼らは決して理解しないだろう。その男もまた、心を持つ一人の人間だったということを。彼もまた悪人ではなかったということを」と書き遺した。

〈ルドルフ・ヘス〉

明日4月16日は悪名高きアウシュビッツ収容所の初代所長が戦犯として処刑された日です。

ルドルフ・フランツ・フェルディナント・ヘス(Rudolf Franz Ferdinand Höß, 1900年11月25日 – 1947年4月16日)は、ドイツ国のナチス親衛隊の将校。最終階級は親衛隊中佐。第二次世界大戦中にアウシュヴィッツ強制収容所の所長を務め、移送されてきたユダヤ人の虐殺(ホロコースト)に当たり、ドイツ敗戦後に戦犯として絞首刑に処せられた。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%AB%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%8A%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%98%E3%82%B9

絶対的な立場から人を裁いていたはずが、最終的に自分が人に裁かれる――

例えるなら、彼氏の威を借り傲慢暴走していた女が振られて地獄へ突き落とされるみたいな感じですかね。

 

アムロ・レイ

アムロ・レイ「人が人に罰を与えるなどと…!!」

 

ある人間が勝手な理屈で誰かを裁く。

これについて、逆襲のシャアでアムロがシャアに対して露骨に批判していました。

 

アニメでは因果応報という言葉を信じたくなるくらいに、なぜか人を裁いた人間はいつか裁かれます。

何か強烈な神の力学でも働いているのでしょうか。

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歴史上、最も合理化を推し進めたのがヒトラー

アドルフ・ヒトラー率いるナチス党政権下のドイツが行ったホロコーストの象徴と言われる「アウシュヴィッツ強制収容所」とは、1940~1945年にかけてドイツが占領下においた現在のポーランド南部オシフィエンチム市郊外につくられた、強制的な収容が可能な施設群(List of subcamps of Auschwitzに一覧)の総称である。ソ連への領土拡張をも視野に入れた「東部ヨーロッパ地域の植民計画」を推し進め、併せて占領地での労働力確保および民族浄化のモデル施設として建設、その規模を拡大させていった。

地政学的には「ヨーロッパの中心に位置する」「鉄道の接続が良い」「工業に欠かせない炭鉱や石灰の産地が隣接する」「もともと軍馬の調教場であり、広い土地の確保が容易」など、広範なドイツ占領下および関係の国々から膨大な数の労働力を集め、戦争遂行に欠かせない物資の生産を行うのに適していると言える。また、次第に顕著となったアーリア人至上主義に基づいた「アーリア人以外をドイツに入国させない」といった政策がドイツ国内の収容所の閉鎖を推し進め、ポーランドに大規模な強制収容所を建設する要因にもなった。労働力確保の一方で、労働に適さない女性・子供・老人、さらには劣等民族を処分する「絶滅収容所」としての機能も併せ持つ(参考:ホロコースト・ホロコースト否認)。一説には「強制収容所到着直後の選別で、70~75%がなんら記録も残されないまま即刻ガス室に送り込まれた」とされており、このため正確な総数の把握は現在にいたってもできていない。

収容されたのは、ユダヤ人、政治犯、ロマ・シンティ(ジプシー)、精神障害者、身体障害者、同性愛者、捕虜、聖職者、さらにはこれらを匿った者など。その出身国は28に及ぶ。ドイツ本国の強制収容所閉鎖による流入や、1941年を境にして顕著になった強引な労働力確保(強制連行)により規模を拡大。ピーク時の1943年にはアウシュヴィッツ全体で14万人が収容されている。

たとえ労働力として認められ、収容されたとしても多くは使い捨てであり、非常に過酷な労働を強いられた。

理由として、ナチス党が掲げるアーリア人による理想郷建設における諸問題(ユダヤ人問題など)の解決策が確立されるまで、厳しい労働や懲罰によって社会的不適合者や劣等種族が淘汰されることは、前段階における解決の一手段として捉えられていたこと。

領土拡張が順調に進んでいる間は労働力は豊富にあり、個々の労働者の再生産(十分な栄養と休養をとらせるなど)は一切考慮されなかったこと。

1941年末の東部戦線の停滞に端を発した危急の生産体制拡大の必要性と、戦災に見舞われたドイツの戦後復興および壮麗な都市建設計画など、戦中と戦後を見越した需要に対し、膨大な労働力を充てる必要があったことなどが挙げられる。

併せて、劣悪な住環境や食糧事情、蔓延する伝染病、過酷懲罰や解放直前に数次にわたって行われた他の収容所への移送の結果、9割以上が命を落としたとされる。生存は、1945年1月の第一強制収容所解放時に取り残されていた者と、解放間際に他の収容所に移送されるなどした者を合せても50,000人程度だったと言われている。

すべての強制収容所は、ナチス親衛隊(SS)の全国指導者であったハインリヒ・ヒムラーによって、SSの下に集約されており、SSが企業母体となる400以上にも上るレンガ工場はもとより、1941・1942年末以降の軍需産業も体系化された強制収容所の労働力を積極的に活用。敗戦後は、SSのみならず多くのドイツ企業が「人道に対する罪」を理由に連合国などによって裁かれた。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A6%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%83%E3%83%84%EF%BC%9D%E3%83%93%E3%83%AB%E3%82%B1%E3%83%8A%E3%82%A6%E5%BC%B7%E5%88%B6%E5%8F%8E%E5%AE%B9%E6%89%80

『収容されたのは、ユダヤ人、政治犯、ロマ・シンティ(ジプシー)、精神障害者、身体障害者、同性愛者、捕虜、聖職者、さらにはこれらを匿った者』

アウシュビッツ収容所の説明文でこの言葉が走りました。

 

ヒトラーは収容する対象に精神障害者と身体障害者を入れています。

ここから、ヒトラーはとんでもない合理主義者なのかなと感じました。

 

感じたので上手い説明は出来ません。

二極化して考えると、障碍者を隔離すると残るのは健常者になります。

能力にもよりますが一般的には健常者の方が仕事の融通が効く存在と見られます。

 

当時、再建からの発展に勤しむヒトラー主導のドイツ国民とは『心身共に万全の者』を想定していたのかなと。

 

2016年の今でも効率化と合理化をするために日々テクノロジーは進歩しています。

求められているのは『早く、短く、簡単に』こんな感じです。

 

効率化と合理化が至高のものとされているのは今も昔も変わっていないのかもしれないですね。

ヒトラー ~最期の12日間~ (字幕版)

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