
【概要】
- 「空気読めよ」って言葉に嫌悪感を持つ人って意外に多いと思う。
- 集団圧力は少数派を駆逐して、ある種の流れを生み出す。
- けど、時には空気を読めないヤツが仕事する場合もあるんだよね。
ギム・ギンガナム「援護しろッ!メリーベルッ!!」」
コレン・ナンダー「おうよッ!!!」
メリーベル「お前じゃないッ!!」
【内容】
「空気が読めない奴!」は刑の宣告と同じだ!
些細な勘違いが引き金で、もめごとや中傷誹謗などに発展したり、空気を読むのが
上手でないというだけで人格を否定する、などと言った悲しいトラブルがン日常的に
起こっているのが、現実です。悪く言えば、空気が読めない人は、他人から犯罪者や
交通違反者のような目で見られるなど甚大な精神的不利益を受けると言っても、過言
ではありません。
確かに集団の場では空気を読むことは大切です。でも、人間は神様じゃありません。
いわゆる「空気が読めない人」も、誰も故意に雰囲気を乱してるわけではなく、その人
なりに努力している人が大部分です。だから、空気が読めない人がいたからと言って、
安易に「空気が読めない」と非難することは、やめましょう。ちょっとやそっとのことで
「空気が読めない」などと批判ばかりすると、言われた側は想像以上に深い精神的ダメージを
被り、そういう人は裁判官や警察官みたいないかめしい印象を周囲に与え、実際そのような人
には気軽に声をかけられなくなります。
空気が読めない人がいても、言い方には十分注意し、くれぐれもその人を悪者呼ばわりしたり、
中傷誹謗することは、絶対やめましょう。重大な人権侵害につながる恐れもあります。
空気読めって言ってる人の変な空気感に合わせたくないもんw
そうだね。空気読めと口癖のように言う奴らは、大体すぐ重箱の隅をつついたり、
些細な事をネチネチ説教がましく言うし、人のアラばかり探すし、ホントこういう
小姑みたいなのは、端から見てもうっとうしいだけだよな。
↑うじゃうじゃいるよなあ、ちょっと空気が読めないというだけで、その人を警察の取り調べのごとく罵倒したり、
人格を否定したり、些細なことでネチネチ執念深く説教する奴!そういうのって、「KY(空気が読めない)
ハラスメント」そのものだな。大体、KYハラスメントする奴は、人のアラを探したり、重箱の隅をつつくのが得意
で、そのくせ表現力が案外乏しいんだよな。「空気が読めない人」そのものよりも、KYハラスメントする奴の方が、
はるかにうっとうしくて、ストレスは充満するし、本当にウザいよ。
集団的心理における、こうであるべきだと言う意識かな?
空気を読むは、その意識に沿った自分の言動や行動か。これに正解がある訳ない。クイズじゃないからw
AKB商法は物議をかもしているけど、それは現実的にAKBというシンボルは経済を回しているから。
空気を更に深読みすると、経済を回しているからってなんだ、だしw
人の心の機微がホントに読めても幸せにはなれない。何も考えてない子供のほうがまし。
人は自分を映す鏡なら、自分は人を映す鏡みたいな。
もっと掘り下げろともいえるけど。
↑だから、空気が読めない(その場の状況が理解できない)人が、異常なほどバッシング
されるという、ゆがんだ社会風潮が蔓延したんだろうな。職場でのパワーハラスメントも、
ごく些細なミスに対して「空気が読めない!」と大げさにまくし立てる、言うなれば「KY
ハラスメント」が、ダントツで多いとさえ言われてるんだよ。
1を10にするのは実用的な才能かw
街にも空気は存在するのかな?
A「今度みんなで山登りしようぜ!」
BC「それイイね!面白そう!!」
D「わざわざ蚊に刺されに行くとか何なの?」
↑『空気を読む』という言葉は、人が集まった時に発生する。
そう、人間は集団になると悪い現象を引き起こす可能性も高まるんです。
そういった悪い現象を集団のダークサイドって言い、主に3つある。
A「じゃあガストかサイゼリヤを多数決で決めよーぜ」
B「えっと…賛成の人が5人で反対が3人!おkじゃあガスト行くぞ」
C「マジかよ、バイトに元カノいるのに…」
↑1.集団圧力
多数決とかまさにこれで、一見公平に見えるが美しく少数派を磨り潰してる。
よって少数派は肩身が狭い思いをしながら承諾しなきゃあならない!
内部ABC「友達が腕を斬られたんだぜ?首を斬らなきゃ気が済まない!」
外部D「チョ・マテヨ」
ABC「うるさい、これは報復だ!」
↑2.集団浅慮(グループシンク)
優れた個人の集まりでも、内輪で親密かつ隔絶されると病理的な集団決定を行うってこと。
自信過剰になり、閉鎖的になり、集団が画一的になっていくんだとさ。
A「僕たちは完璧な時間を共有した」
B「天皇陛下万歳ッ!!」
C「やるべきことが見えていた。考える必要は無かった」
↑3.集団凝縮性
一言で言えば、『一体感』のこと。
その多くが最高の結果をもたらすが、時に病的な結果を招く可能性もある。
人が集まり、集団になると『空気』が生まれることは分かりやすい。
じゃあ、自分が住んでる街にも『空気』は存在するのかな?
例えば、自分の街が『クリーンな街ランキング第2位』になったとする。
その事実を市民が知ったら、「もっと良くしよう」って空気が生まれると思うんだ。
宇都宮男性「マジすか?宇都宮は餃子なんで、今年は餃子をもっと食べたいと思います」
↑つい最近、宇都宮が餃子の消費量第二位に降格した時にこんなことを言ってた。
これで、街全体に空気は生まれるわけではないけど、この男性の周辺では空気が生まれると思う。
男性が「1位転落したから食べよう!」って呼びかければ、宇都宮市民の心に何かが芽生えるんじゃないかな。
つまり、市民がシビックプライドを持った瞬間、そこに『空気』が生まれるんじゃないかなって思ったんだ。